Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

我が家の小舟よ、さざ波をゆけ。

小さいソファから足先がのぞいている。

派手な靴下なので、娘だ。中学生になって急に背が伸びはじめた彼女のまわりには、最近、いろんな色が取り巻いている。

カバンにつけるキーホルダーに小さめのタオル、髪につけるもの。ペンケースの中身までやたらと色とりどりだ。

自分たちを取り巻くものを世界観、というらしい。

世界ではなく、世界観。同じ世代だけが嗅ぎわけ合い、わかち合える空気を帯び出した彼女と、父と母である僕ら夫婦の折り合いは時々、良くない。

休日はともに出かけるし、ひいきのサッカーチームは相変わらず一緒に応援に行くので、決して仲は悪くない。が、たった1、2年前に比べると、娘と僕らの間に、いつもどこか小さな波が揺れている。

それもとたんに強く波打つ気まぐれで、ああ、これが反抗期というやつなのか、と身に染みる日々だ。

いつでもパツパツの感情と生命力を持て余しながら、それでいてだるそうにするのが、そういえば若さというものだった。

最近買い換えたばかりのソファに、家の誰よりも寝転がっている娘。小さな背もたれが付いたこのソファは、我が家のリビングに浮かぶ小舟みたいだ。

新しいソファが来る前にも、我が家にはずっとローソファがあった。

やや大きめなソファにしたのがかえって裏目に出たのか、ソファの端と端にはいつも衣類が積んであったりして、寝転ぶことなどできなかった。

積み重なるものを横目にしつつも、娘が初めてつかまり立ちをしたのがそのローソファだったので、長いこと捨てられずにいた。が、傷み具合とこのところの日々の変化に、買い換えよう、と思い立ったのだ。

新しいソファの相談を妻としていると「また3人で並んで、映画みたりしたいね」と言った。娘が幼稚園に通う頃、ローソファに並んで座り、ハリーポッター全作品を数日かけて制覇したことことがあったっけ。

新しいソファに、3人並んで座れたことはまだない。

果たして自分の青春時代というのは、どうだっただろうか。

記憶を辿ってみると、そこにもまた、ソファがあったことを久々に思い出す。実家が自営業だったために、浮き沈みと紆余曲折のある暮らしをしていたのだが、何度か住処が変わる中で、なぜだか最終的に行き着いた「僕の部屋」には、豪勢なシャンデリアとソファがあった(というか、残されていた)。

中高生という青春まっただなかの数年、僕はあのちぐはぐな部屋で、ソファに腰掛けてはひたすらレコードを聴いていた。

部屋の電気を消し、くるくると回っているレコードに光が当たるようにして、ソファの角っこから音楽を聴いて、そして見つめていた。

キラキラともギラギラともいわず、チカチカと地味だが一定の速度で存在を放つように光り続ける円盤を、しっとり見つめてみせるのが、あの頃の僕の背伸びだったように思う。

つかまり立ちをずいぶんと前に終え、いまは背伸びのときなのか。寝転がってばかりいるけれど、この小舟をぴょんと降りていく日が、いつか彼女にも来る。

・・・

「塾行く前に、なんか軽く食べて行きなさいよ!帰ったら晩ご飯なんだから、このあいだみたいに買い食いしないように。早くしなさい」と、毎週ながらの声が飛ぶ。

あの頃、あの部屋で僕が一番好きだった、そしていまでも人生のお気に入りのレコードを一つあげるならば、迷わずにザ・スクエアの『アドベンチャー』だ。ジャケットは、水しぶきでまっしろな滝の中を、小さな黄色いボートがポツンとゆく絵だ。

「うーるさいなあ」と、必要以上に気だるそうに娘が答える。

ソファから伸びた脚を、これまたわざとだるそうに数回、ぶらぶらとさせてから立ち上がる。

ここで妻がなにかまた一言いえば言い合いになるのが、ここ最近の常だ。が、週末には、いつも通り二人で買い物に行き、ゲームをすることを僕は知っている。

ジャケットの小さな黄色いボートは過酷な環境を勇み進むようにみえて、しかし裏面にひっくり返せば、ボートに乗り合わせたドレスアップをした数人が、食事をしながら浮かれたように向かっている。

あかるく団欒をしながら、進んでいる絵なのだ。

『アドベンチャー』のような派手な水しぶきはあがらない我が家だが、きっとこれからも、3人が寄り合うだけの小さな泡のようなさざ波は、絶え間なくいくつも起こる日常ではあるだろう。

それを僕らは、この小舟のようなソファに乗って、変わらずに泳いでいく。3人で乗り合っているこの時間は、いつか振り返れば、きっとあっという間だ。

今夜は久々にレコード流してみるか、と考えて、なんとなくソファの背もたれをキュッと掴んだ。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)