Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

リビングの青いソファは、ハワイの海みたいにあたたかく

我が家には、ハワイがある。

家のまんなかに真っ青の、あったかくてやさしい場所がある。

・・・

ソファを買おうと決めたとき、真っ先に思い浮かんだキーワードは漠然と「青色」だった。

深くて落ち着いていてシックで、慈愛に満ちたような。

そこまで想像してみて、そうだ、「ハワイみたいな青がいいのだ」と合点がいく。水色や青というのは、もっぱら涼しげで冷たいものの連想になるのに、空や海はどうしたってあたたかい色だ。

特にハワイのあの真っ青な波打ち際が、私は好きだ。気候はもちろん、人も朗らかでおおらかで、山があって空は遠く、そのなかにとろとろとあたたかいものを流したようなあの海。故郷ではないのになぜか懐かしい感じがするところも、私にとってハワイが特別な理由だ。

とはいえ、「どんな青」かと聞かれると、確かな言葉にならなかった。頭のなかにぼんやりと浮かぶ青色をもとにソファを探す。が、求めているものが全然見つからない。描いている青色がしっかりと言葉にならないのでそりゃ難しいのも当たり前なのだが、青色って、基本的にはどれもきれいなために返ってなかなか難しいのだ。

「絶対なし」もなければ「これだ」というものになかなか出会えない。「どこが違う」というのもこれまた言葉にならない始末で、毎日、延々と青色を探した。

そのなかでふと目にとまったのがNOYESの青色の生地だった。目に飛び込んできた、といったほうが正しい。やさしい水しぶきの音がした気がしたほどだ。言葉にならなかったぶん、感覚的にその青色は我が家にぴったりなものだとわかった。探していた以上の青色だった。

が、一件落着はしない。なんせ、ここでまたいろんな青色の生地に出くわしたのだ。とりあえず気になった色を5種類取り寄せて、生地の感じをチェックする。朝の窓ごしの光にあててみたり、夜のライトにあてた感じをみたり、とにかく「どんな青色か」を隈なく見たかった。秘められた表情を探していくのは、波打ち際から少しずつ、深いところへ歩みをすすめていくのに似ている。

そのたっぷりの吟味を経て、ほとんどこれだと確信を持てた青があった。手のひらにのせたその色は、宝物のように光っている(気がする)。はやる気持ちを抑えながら、いよいよ最終決断。ショールームにいって、お目当ての青色のソファを目の前にした。

「あれ、なんか違う」。あんなにこれだと思ったのに。なにが違うかをよく観察すると、思ったよりも目に映る青が冴えている気がする。実際にソファの大きな面になると、明るすぎたのだ。ああ、波の一部をみて、海全体を見ていなかったのだな、とひとりごちながら反省し、もう一度、青色を探した。このくだりによって当初よりも欲しい青が明確になったのは間違いなく、ほとんど直感で手にした青色の布を広げて見てみると、それは、上品でとてもいい青色だった。これだ、これが、我が家のまんなかにあったら、素敵だ。落ち着いていて、オールシーズンいける。365日あたたかい海。そんな青色の生地だった。

その青色を眺めながら、新婚当初に夫と二人で暮らしていた頃に一目惚れをしたソファを思い出した。10年前のことだ。通りがかりにふと見つけた、南国の海を連想させるグリーンがかった、生命力溢れた色のソファ。その足でそのまま購入し、その日から私たち夫婦二人の居場所になった。

ゆっくり映画をみたり、お酒を片手にその日あったことなどを話し合って夜更かしも夜通しも、何度もした。どうやらあの頃の思い出から、私は幸福な場所には海のようなものを連想しているらしい。

・・・

本当のハワイには4度、行った。カピオラニ公園の芝生の鮮やかな緑、ダイヤモンドヘッド頂上からみた、まるで昼の夜空のようにキラキラと輝く水面、ホテルの部屋にいても聞こえる波の音。すべてが少し熱をもった気候の、穏やかな景色。

どの回に一番思い出があるということはなく、毎回、同じようなものを眺めては、同じような、しかし時々新しく思いついた感想を言う。

少し違ったのは、2年前に家族4人で行ったとき。夫、長男、長女、私の4人。長男が4歳、長女は2歳。次男が生まれる前だ。

天国の海と言われるラニカイビーチに行ったのに、その日に限ってまさかの不機嫌な悪天候、海も濁っていて「ここ、天国か?」と小さく悪態をつきながらも、「せっかくやし、泳ごう」と、全員で唇を青紫にして震えながらも海に入った。

気を取り直して長年気になっていたお店に行き、念願叶ってガーリックシュリンプにかぶりつく。が、思った以上にガーリックのソースがベタベタでひと苦労し、その後、だらだら汗をかきながらノースショアの街を歩いた。なんだか手がずっとベタつている気がした。そんな、ちょっと「思ってたんとちゃう」と思わなくもない旅行だったが、日本へ帰る日の朝、長男が私にそっと耳打ちで教えてくれたことがある。

「夜中に目が覚めて、外から波の音が聞こえて、月もきれいで、あーいいなってぼく、夜、一人で泣いちゃってん」。

一人で泣いちゃってん。ああ、そうだ、私がいつでも思い浮かべていたのは、ハワイのあの海の、この朝に見つめた波の青なのだ。なんてことのない美しさを、あーいいなって、それだけでいいなってただ思わせてくれた言葉があった、朝の色。

3人の子育ての真っ最中は、正直、楽ではない。朝の幼稚園の支度、7ヶ月になる次男の世話、長男の習い事の送迎、長女の宿題、公園遊び、と、あげたらずっと続く事柄がある毎日。仕事が夜中の2時までかかることもある。

海のような穏やかさでは、到底ない暮らし。子どもたちの漏らす声やどうしてそんなに音がなるのかというぺったんぺったんという移動音、泣き声、けんかの後の小さなため息、突然の笑い声、寝息が、絶え間なく賑やかに、さざ波のように寄せてくる。どうしてだかそれらがあれば、私はどうしようもなく幸福なのだ。

我が家のリビングは、いつでも明るくて、あたたかくて、波の音が聞こえるところ。

ずっと幸福でいようよ、ね。誰に向かって話すわけでもなく、海に向かって小さく決意するように、真っ青の生地の広々としたソファにつぶやく。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)