Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

ソファを求めて銀座へ。
もう一度はじめるためのソファ

「悩んでないで、行ってきたらいーじゃん」。昨年からああでもない、こうでもない、と生地のサンプルをこねくりまわしている私をみて、息子がそう言ったのだった。とはいえ....2020年以降、遠出はまだまだ気が重い。しばらく迷っていると他の用事も重なり、これは行ってしまおうといざ岩手から東京へ出向くことを決心したのだった。目指すは銀座、ソファのショールームだ。息子も東京へ行く用事があるというので現地で落ち合うことにした。

3年ぶりの上京か。決めてみると早くも心が踊りはじめている自分に苦笑した。近所に住む姉もお供してくれるという。3つ上の姉は子どもの頃から優秀で、昔はもっぱら私が頼る側だったが、いまではお互いに助け合っている。新幹線で2時間40分の道のり。せっかくなのだからと予定を詰め込み、行きはその足でミュージカルを鑑賞、新宿や東京駅周辺を思うままにぶらぶらした。

結婚前は東京で働きながら暮らしていた。もう30年以上も前のことだ。あの頃よく行った懐かしい店を見つけて嬉しくなる。朝からさんざ姉と寄り道をして、午前11時、息子とショールーム前で落ち合う。

やはり来てよかった、と心から思った。悩んでいた2つのどちらかを選ぶどころか、全く違うソファに決めたのだから。ソファを決めた達成感と高揚で、えいやっと銀座の鉄板焼きの店で3人、ランチをした。あまりに予定を詰め込みすぎた東京滞在だったからか、帰りの新幹線ではなんとなく顔も身体もゆるんだ。窓に映る自分をぼんやりみていると、かつて通勤途中に通過した銀座、よく遊んだ銀座が思い出された。やはり銀座は好きだ。“生活をもう一度はじめる”の最後の後押しになってくれたのだから。

もう一度はじめる。何度でもはじめる。

それを私の人生にくれるものに、独身時代にはじめたモダンダンスがある。最初は「肩こり防止にいいな」程度だった。しばらくして結婚のために東京を離れ、出産。長女の体調が思わしくなく療養期間も数年、あった。その間はダンスとは無縁になったが、ある時「あなた、身体の左右のバランスが崩れているかも?」と知人に指摘され、自分が無理をしていたことを知り、ダンスを再開したのだった。それからは20年以上続けてきた。長男が産まれてからは、小学生時代の夏休みと冬休みはお休み、母の介護の期間もお休み。ゆっくりと歩いては時々立ち止まって、タイミングがきたらもう一度歩き出す。そんなふうに続けてきた。

子育てを終え介護も終えると、徐々に心に余裕ができたのがわかった。昨年からはインテリアコーディネートに興味を持ち、居心地のいい部屋で好きなものに囲まれて過ごしていきたいと思うようになった。心も体も大変な時期がぽつりぽつりとあったからか、これからは自分自身のことを大切にしていきたい、興味のあることにチャレンジしていきたい、という気持ちが素直にわいてくる。そして今年、ちゃんとしたソファが欲しい、と思った。これまで家具といえば、実家から持ってきたものやとりあえず間に合わせで...といったものが多かったが、今回は夫に「どうか私に選ばせて」と頼み込み、うんと好みのものを選ぶことにした。もう一度ここからまた生活をはじめるために、ソファが欲しいと思ったのだ。

これまでにも2つ、私の生活にはソファがあった。1つは私が独身時代に買った黒レザーのもの。仕事終わりにそのままダイブしてだらだらと過ごすのが好きだった。2つ目は結婚して子どもが生まれてから買った、黄色のハイバックのソファ。夫と長男の好みで購入したものだ。

いま、3つ目のソファが我が家にある。ショールームで購入するソファを自分で決めた時、それを待つ時間、届いた日。もう一度暮らしをはじめるのだ、と小さな覚悟と喜びがじんわりと胸に沸いてきた。家に帰ったらソファにごろんと寝転ぶことを考えれば、疲れた帰り道がそわそわと心躍る時間になる。

Sofa Stories

ソファが届いてからは自然と、夫と2人で座ることも増えた。平日の昼は私が一人堪能、夜は夫がビール片手に占領。そして週末、2人で腰掛けてお茶をする。

もう一度はじめる、何度でもはじめる。

三度目の正直ならぬ三度目のソファで私はいま、もう一度はじまる暮らしを日々、味わっている。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)