Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

グレーのあかるさ、女らしさ。窓際のやさしい包容

「……いた。見つけた」

こんなところにいたなんて。あからさまな洒落っ気ではないが、だけどよく見ると仕立てのいい生地を纏っている。小ざっぱりとして潔い。それに、ひとたび触れてみてわかった。しっとりとかたくて、やさしくもある。
自分から呼びはしないが、来る人がいれば寄り添い受け入れて、静かに抱きしめるような。したたかさとしなやかさを不思議なバランスで備えたその姿に、どきりとして、それからくらっときてしまった。

「ねえ。どこで見つけたの?」

こんなに素敵なのを。

「これ、どこのソファ!?」

いったいどこで手に入れたの。

羨ましさと少しばかりの嫉妬の気持ちも混ざって 、はやる気持ちで半ば問い詰めるように友人から聞き出した。サロンが定休日である月曜日の昼間、久しぶりの友人宅を訪ねて目にしたソファは、私がずっと探していた姿そのものだった。というよりは、その姿を見て「これだ!」と確信したと言うほうが近いかもしれない。

ヘアスタイリストになって30年目の今年、 かねてから準備していた自分のサロンがついにオープンに近づき、その空間にしっくりとくるソファを探していた。「これでもない、あれでもない」と見続けて、もうなにがなんだかわからなくなった昨晩「ああ、もうこのあたりにしとこうかな!?」と、ブックマークしておいた ページのソファをカートに入れていたところだった。

あとワンクリックのところでやっと出会うなんて。運命、と思った。帰宅してからもずっとそのソファを頭の中で描きながら、心が早ってなかなか眠れない。ドキドキして寝付けないなんていつぶりだろうか。翌日、そのソファブランドのショウルームにオープンと同時に駆け込んでいた。

・・・

5年前まで、私は自分のサロンを開く気なんてまったくなかった。大学3年生と2年生になる息子、高校2年生の娘がいて、それから旦那もいて、休日も家のことをしたら気づけば夕方になっている。瞬く間に毎日が飛び立っていくような日々だった。日めくりカレンダーをパラパラーっとやっているうちに月日が過ぎているような。だから、まさかなにかを変えようなどの思いは露ほどもなく、このまま定年までいまいる店で働こう、そう思っていた。

そんな超スピードでめくられるカレンダーにどこかの誰かがにゅっと手を伸ばし「びた!」っと止めてしまったのが、5年前の健康診断の日だった。乳がんが見つかったのだ。

あんなに急ぎ足で通り過ぎていた日々が急にスローに見えた。「どうしよう、なにしよう」と、10代の頃のようなことを心の中で呟く。ただあの頃とは違って、漠然と思うのではなく収束に向かっていくことを意識しながら、自分に連なる小さな現実を手繰り寄せては 「やっておくべき夢」を描こうとした感じだった。

早期発見もあって幸いほかへの転移もなく、やがて日常が戻る頃。「まだ、いまがある」ことをつよく意識するようになった私は、自分の力で自分の店を開くことを決心した。

・・・

ショウルームで見た一脚のソファは、やっぱり主張しすぎずしとやかで、無駄なく洗練されたシルエットがいい。改めて触れる芯のある凛とした佇まいに「なんて、女性らしいんだろう」と思った。

お客様をお迎えする店の窓際に置くならパッと明るいものがいいだろうと、ブルーの鮮やかなものを見ていたが、どうもサロンのイメージにしっくりこない。悩みに悩んでいると「グレーというのはどうでしょう?」と聞かれた。「うーん、グレー、暗いかもなあ」と思いつつも、すすめられるままに見て思わず心が弾んだ。

このグレー、全然暗くない。むしろあかるいじゃないの。そしてそれは、いろんなことを知ったあとでじっくりと醸し出せるようなあかるさだった。今日までの自分をそっと肯定していくようでもあって、なんだかうれしかった。もうなにも迷わずにそのあかるいグレーに決めた。

その後で、ついでにサロンに飾る花を見ておこうと街に足を向けた。普段から花屋巡りは好きだが、かといって切花が特別好きなわけではない。むしろドライフラワーのほうが好きだ。はつらつとした時期を終えて、彩度をやさしく緩めていき、移ろう慈しみも宿しているあの美しさ 。

そうだ、アナベルのドライフラワーにしよう、と思いつく。あのグレーのソファ、アナベルに似ている。あらわな派手さは無いが、自然にそっと手を添える包容力がある。晴れだけじゃなくて曇りも雨も似合うような。どちらも、白黒つかないことをいくつも経験してきたから味わえる大人の女性らしさなのだ。その自分の思いつきがとてもしっくりきて、 足取りまで軽くなってゆく。

・・・

サロンを無事にオープンしてから、ありがたいことに忙しい毎日が続いている。以前のようにパラパラとめくられていくのではなく、一枚ずつ自分の手でカレンダーをめくっていく手触りのある忙しさだ。お客さんに笑顔で「ありがとう」と言われると、来てくださって私のほうが感謝でいっぱいなんですよ、と言いたくなる。

その一日の間に、私はなんども窓際を振り返る。横目をやればいつでもそこにあるソファを、なんとなく確かめたくなるのだ。二脚あるけれど馴れ合ったりはしない。一脚一脚が、前を向いてただ人を待っている。

このサロンのパートナーは誰か、と聞かれたら。窓際のそのあかるくやさしい凛としたグレーの姿を、私はそっと指差す。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)