Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

“猫にも子にも負けず。バリバリの爪とぎにも負けないソファ

満身創痍、傷だらけ。ながいながい闘いを終えてきた。

我が家のソファのありさまは、もうほんと、そんな感じなのだ。

6年前に夫と同棲をはじめた際に購入したカウチソファは、うちに猫がやってきてから様変わりした。

耳垂れまんまる顔のかわいさに一目惚れし、スコティッシュフィールドの子猫を迎えて、念願だった「猫との暮らし」がはじまったのは2年ほど前。体、というか、鼻も手も爪もそのすべてがちいちゃい子猫の時間は夢のように早くすぎていった。餌を食べるのもおぼつかないくらいの足取りもどんどんたくましくなった頃、一丁前の「ばり…っ」まではあっと言う間だった気がする。対策しなくてはと思っていたのに、思ったよりも早くその瞬間はきてしまった。

猫は爪とぎをする生き物だと、ちゃんと知っていたのに。

「あー、あー、あー…」と、驚きつつもやっぱりね、という具合に夫と互いに顔を見合わせた。まだ負傷が軽い頃は、夫が気にして猫の爪を切ったり、ソファのほつれをピンセットで直したりとしていたが、私はどこか早々に「仕方ない」と諦めていた節がある。念願の猫との暮らしがうれしくて、そして子猫のすべてが愛らしくてとにかく甘やかしたい気持ちでいっぱいだったのだ。

1匹目とそっくりなスコティッシュフィールドに出会い、その子も迎えることを決めたとき、暗黙の了解のように私たちは二人とも、ソファをすっかり諦めた。

2匹になった猫たち。ともなると爪とぎの頻度も勢いも、当たり前のように2倍になった。いや、単純な2倍ではないかもしれない。2匹は互いを見てヒートアップし、張り切って爪とぎを見せつける。

ことあるごとに、ばりっばりっとやっていく。ご飯を食べてばりっ、眠りから覚めてばりっ、トイレから戻ってまた、ばりっ。一箇所の定位置でやってくれればまだいいが、時々ブームのようなものがあるのか定位置を少しずつ増やしていくのでこれまたやっかい。ひじ掛け部分を中心にありとあらゆる角がほつれ、中の生地が剥き出しになった。

諦めたとはいえ、気にならないわけではない。

・・・

一度、猫の初めての爪とぎを止める夢をみた。

夢の中ではすでに我が家に2匹ともが居るが、カウチソファはまだつるりとしている。

我が物顔で日向ぼっこをしていた1匹がおしりを高くあげた。ぎゅっとソファにつかまるようにして爪とぎの姿勢になった猫を、まるでスローモーション、「はい、ストップ!」と間一髪、止めたのだ。そこまではよかった。その夢の続きでは、2匹の猫がかわるがわる初めての爪とぎをしようとし、1匹止めればあっちで1匹、あっちを止めればまたこっちの猫が爪とぎの体勢になっている。まるで終わりのないもぐらたたきのようになってしまい(しかし夢であっても猫はたたけない)、最後には「猫の爪とぎを止めるなんて、人生何回あっても無理」とほとほと疲れきってあきらめる夢だった。

仕方ない、と、それからしばらくは満身創痍のソファに頑張ってもらっていた。買い替えを考えはじめたのは息子が生まれてからだ。搾乳のためにソファに座ると沈み込みが深くて高さが足りない。低反発クッションを2枚重ねてみても私自身の体にも負担がかかってこれがまたなかなかにしんどかった。息子は搾乳中に吐き戻しをすることも度々で、洗えないタイプのソファだったので衛生面も気になりはじめ「新しいソファを買いたい」と夫に相談。今度は、部分的にカバーを取り外しして洗えるものがいい。30歳のバースデーが近づいてきたことも理由にねじ込み、なかば無理矢理だが説得に成功した。

「そうだよね、そろそろ買い替えてもいいかもね。でも、どうする?…あれ」と、ちら、と夫が目をやる。タイミングよく、1匹がお尻をふりふりして思い切り爪とぎをしていた。タイミングを見計らっている気がする。猫はそういうところがあると思う。

翌日からは暇さえあれば「ソファ 猫 爪とぎ 強い」で検索をかけてソファを探す日々。生地のサンプルも取り寄せ、その生地の丈夫さに確信をもてたソファブランドがNOYESだった。いざ、夫にプレゼン。二人でショールームに足を運んで「Decibel Standard」の2人掛けカウチソファセットに決めた。

生地サンプルを見て実物も触って「大丈夫」とは思っていたが、驚いた。猫2匹、どちらも爪とぎをしないではないですか。つるっとしていてどうも爪が引っかからないようで「なんか違う」といった顔で諦め、それ以来、ソファで爪とぎをしようとしなくなった。いまではダンボールの専用爪とぎでいそいそ爪をといでいる。前は見向きもしなかったのに。

夢の中でまで惨敗した私は、今度は現実でガッツポーズした。

最近、歩けるようになった息子が、家の中で猫を追いまわしている。

1匹は危険を察知してサッと逃げていくのだが、なぜだか片方は逃げずにされるがまま。鷲掴みにされたりしっぽをむんずと捕まれ引っ張られたり…。時々、猫パンチで反撃している。そんな小さな嵐が過ぎ去って、健やかに2匹と1人で並んで日向ぼっこでお昼寝している姿はなににも代え難い。

私はというと、夜、息子を寝かしつけたあとでソファでのドラマタイムがたのしみになった。お風呂上がりのアイスもつければこのうえない至福タイムだ。この時間は、猫たちもここぞとばかりに私に甘えてくる。

1歳児も2匹の猫も、するり(いや、つるり)といなしてみせるソファ。防御は最大の攻撃とはいうが、自らは動かず相手をかわして傷を負わない。なんだか、何年も修行を重ねたかのような佇まいに見えてくる。

爪とぎをいなし、猫プロレスをいなし、子どものよだれもなんのその。このソファが我が家にきてから、ソファのまわりはまるで凪のように穏やかなのだ。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)