Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

我が家のゴッドマザーが夢見るソファ

ゴルルルルル、ドルルルルルル。プシュウ、プシュ。

工事現場のような音に、空気の抜けるような音が返事をした。互いを呼び合うように連なるのは、フクのイビキとモチのおならだ。さらにそれをサカサカサカッと掠れた忙しい音が追いかける。ハウスの中の小麦が、干し草を足で小気味よく蹴っている。む、私の“Bボタン連打”よりも速いな、とついついゲーム脳で反応してしまう。

愛犬フレンチブルドッグのフクとモチ2匹、それからうさぎの小麦。

私と夫、娘、息子がいてもいなくても、フクとモチはだいたいいつもソファに転がっている。仕事と学校で我々が出払ったあと、誰もいない家で伸び伸びと光をたくさん浴び、夜には家族団欒の隙間に潜り込む。

なんといっても、今年になって我が家にやってきたソファを買う後押しをしたのもフクとモチなのだ。

7年かけて大切に使っていた茶色の革張りのソファを、ある日突然フクが得意の"ホリホリ”をヒートアップさせ、座面に穴をあけた。まんじゅうが齧られて破けたみたいになっている。しまった、と思う私の傍、当の本人は得意げ。あろうことに今度はそこにモチが顔を突っ込んで"大穴”にした。まんじゅう、大破裂! なんて冗談をいっている場合じゃない。こちらさんも負けじと得意げ。革張りのソファは、見るも無残な姿になっていた。

どうしよう…と思いつつ、密かに私は「これってもう、買い替えってことだよね…!?」と、じりじりと湧き上がってくるワクワクを隠せずにもいた。なぜなら、実は1年も前から一目惚れして欲しいソファがあったのだ。世の人は動物とどんなリビングライフを送っているのだろうかとペットを飼っている人のインスタグラムを眺めていると、そのソファに出会った。購入を考えていたわけではないが、引っかき傷にも強いこととカバーを外して丸洗いできるという点がとても気になった。なんせ、我が家には足と爪のたくましい二匹がいる。

革張りのソファは手入れをしていたため大きな壊れこそないものの、7年の歳月で子どもたちの成長をその身に受け止めたりしながら、あちこちに取れないシミや小さな傷があった。家族がよく座る左側は茹で野菜の様にしんなりしていた。そこに最後のとどめで大穴が開いたのだ。

ソファの神様がくれたタイミングってことでしょう。

弾みかけたところで、さっと残念な気持ちが走る。一目惚れしたソファのショールームは、私たちの地元にはない。大型家具を通販で買うのはアリなのか? 穴あきはすぐに限界がくるし、地元の家具屋で選んでしまおうか? と、あついお茶を淹れては冷めるまで思いあぐねてを繰り返した。

ああ、せめて似ているものを選ぼうか。そう思ってホームページを開くと、なんと『期間限定ショールーム福岡』の文字が並んでいるではないか。こんなことってある? これはもうソファが私を呼んでいる! モチよ、フクよ、気づかせてくれてありがとう。2匹の得意げな顔を思い出しながら、予定を調整してショールームに勇み足で、いざ。

・・・

置いてあるすべてのソファに試し座りをして吟味した。一番大事にしたのは、やっぱり家族の過ごしやすさだ。一番お尻にしっくりときたもので、座面の低いソファを選ぶ。座面が高いとフクやモチが勢い余って飛び降りれば骨折やヘルニアのリスクがあるからだ。

高齢の犬がいるんです、と何気なく言った私に、足の高さも変えられますよと重たいソファを動かし、高さを変えてあれこれと見せてくれた。カバーを外して丸洗いできることが我が家にとってはやはり重要ポイントであるなと心を固めて購入を決めた。

ソファが届く前日は眠れず、子どもたちと夫に「遠足前の子どもか!」と突っ込まれたほどだ。届いた次の日は家から出るのが惜しい気持ちになった。魚市場で働く私は朝一番に家を出る。「私がいない間、あたためておいてよ」と、フクとモチに託して家をでた。

本当は、あの突然のフクのヒートアップホリホリを途中で止めることもできた。だけど、させてしまった。普段はほとんどいたずらをしないフク の趣味がホリホリをすることなので、それぐらい許してあげたかったのだ。何よりも掘っている姿は可愛くてしかたない。

8歳になるフクは、里親サイトを通して我が家にやってきた。二度、飼い主が変わっている。ブリーダーのもとで数回の出産も経験してきた。体の負担もおおきかったはずだ。我が家ではさみしい思いをさせないからね、と時々、思い出したように心の中で約束をする。モチはまだ1歳で、ヨーグルトの蓋をあける音がするとすっ飛んできて、冷蔵庫にぼんやり映る自分を見つけては格闘するやんちゃっこ。

新しくやってきたソファで、フクのホリホリは毎日の習慣になった。寝る前に必ずホリホリして寝床を整え、くるくるっと回ってベストポジションを決めて 丸まって寝る。最初は不安だったが、生地が少し白くなるものの手で撫でるとすっかり元どおりになる。タフでふところ深いソファだ。安心して毎晩のホリホリをみんなで見守っている。

フクからすれば、見守っているのは自分の方、と思っているかもしれない。

特に中学3年生になった長男のことは我が子の様に思っていると思う(バレー坊主なのだが、部活から帰ってきて汗臭いままソアに飛び込んだりするので、シャワー浴びてからにして! と、私にいつも言われる)。

フクはこの家の誰よりも長男の気持ちに敏感で、つらいときは黙って寄り添い、ソファで寝ていれば長男とソファの隙間に潜り込んで寝ている。甘えているというよりは添い寝で、私よりもお母さんみたいだ。子どもたちは、フクのことを“ゴッドマザー”と呼んでいる。思春期まっただ中の長男、新しい扉を次々と開いている大学1年生の娘、二人ともフクの前ではいつでも溶けるように素直だ。

そうか、ソファの神様のお呼び出しに気づいたのもゴッドマザーの第六感だったのか? ううむ、私の立場もそろそろ危ういなあと独りごちながら 、今夜の楽しみに取っておいたつまみを引っ張りだして晩酌の準備をする。

明日は休みなので、子どもたちが寝たら思い切りゲームをするのだ。私が一人でゲームをするときには、膝の上にモチがきて左にフクが寄り添う。そして手を伸ばせば大好きな日本酒。「今週も頑張ってよかったー」と思う瞬間だ。

ゴッドマザーの温もりを太ももに感じる深夜帯。家族の温度がくれる幸福を、噛めば噛むほど香ばしいつまみのごとく、私はじんわり味わっている。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)