Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

家族の暮らし、私だけの居場所

21時を過ぎた頃、私はいつもの場所に向かう。

リビングという賑やかな部屋の端っこ、窓際に置いた私の指定席。

3ヶ月前、ついにソファを買った。 一脚のマイ・ソファだ。

家族との暮らしの中で、ここだけ共有でない私だけの居場所。

ながくながく本を読むために、私はずっとソファを探していた。

・・・

それまでの私の読書はというと、忙しなかった。

ダイニングテーブルに座って読んだり、ベッドのうえ、あるいはベッドとテーブルの間に潜り込んで読んだり。しばらくすると背中が疲れてくるので、また家の中のどこかを探して移動して…と、“読書大移動”をこなしていた。自宅で過ごす時間が増えて、いよいよ転々とする場所はもう見つからないぞという頃、「時はきた」という感じだった。

会社員として勤めるようになって、当初の記憶が曖昧になるほどには十分な年月が経ち、学生の頃からの憧れだった「本だけは好きなだけ買う」ができるようになってから、ながい。

結婚をして二人の子どもをもうけ、家族との生活へとシフトした日々でも、それは緩急あれど続けてきた。が、次第に「好きなだけ本を読む」ことの方が難しくなってきたのだ。体の疲れも取れにくくなってきたことも理由のひとつ。学生時代や独身の頃のように、“自分の場所”で読みふけることへの憧れをだんだんと思い出すようになっていた。小説を好んでよく読むのだが、いいところで決まって肩や背中が軋んでくるのは、一体なんなのか。

本を読み続けるには、転々としなくていい“一箇所”が必要だ。一脚ソファが欲しい。そう思った。お尻によくあって、体勢変更にも柔軟。背中も痛くならず、膝を折りたたんだりあぐらを掻いたり、とにかくながくそこに居られるようなソファ。

時はきたと言っても、私の一脚が届くまでにはだいぶかかった。「安かろう悪かろう、安物買いの銭失いはご法度!」を基本に、日々なにを買うにも吟味を繰り返している私は、じっくりと検討してから動きだした。時間をかけて二つのブランドに絞り、“一晩寝かせて”をひとしきり繰り返して迷い、最後はソファ専門店の一脚に決めた。いろんな体勢を取れるようにと、オットマンも購入した。

配達は休日の配送で、届くやいなやハイテンションの子どもたちに占領され、次の日には早速、 5歳になる娘のぬいぐるみが並べられていた。せっかくのキリっとしたソファが…と思ったが、よそゆきの顔をしたスマートな気配が、ぐんと“こちらの生活”に近づいたような感もあった。賑やかで人の気配がうるさい特等席を、悪くないなと思った 。

座も背もしっかりと硬めだが、ピンとしているがこちらに寄り添う曲線があって、ぴったりと体に合う。何度か読んだあとの新品の本が手に馴染んでくるのと似ている気がする。

家のどこの床にあぐらをかいても一人、ダイニングテーブルに座っても一人だった学生時代や独身時代とはまた違う。家族の暮らしの中でもう一度、一人夢中になれることの愉しさ。私にとってその小さなよろこびはグラスグリーン色をしている。ページをめくる隙間にいつもある、ソファの生地の色。

家族の夕食が終わり子どもたちが寝て、部屋の隅の一脚ソファに移動するとき、家族の時間からぱたぱたと自分の時間へと移動する。

ソファが届いたばかりの頃は「早朝、誰もいないリビングで小気味いいエッセイを読んで、真夜中には推理小説。次の日が休みの前の夜は、ミステリものもいい」などと妄想していたが、家族の生活ではそうもいかない。朝は自分を含めて皆が家を無事に出払うためにとにかくバタつき、あっちこっちを反復横跳びで移動するような毎日。早く起きればその横飛びをいくら減らせるか、ペースダウンできるかのためにせっせと準備をする時間だ。

だから、私のソファへの移動は夜になった。ほとんど毎日、いそいそと少しの時間だけでもそこに居る。もはや当初のような「今日はこれを読んじゃおう」という大層な気分も薄れて、そっとそこにある日課になった。

家族と暮らす家というのは、常になにかと音がしている。足音、食洗機の慌ただしい音、時々グゥともなんとも表しがたい冷蔵庫がグチのように漏らす音、などなど。その生活音に、私のページをめくるわずかな音が混じっていく。

脚をでん、とオットマンに伸ばして、ああ、そろそろローテーブルも欲しいなあ、と思い出す。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)