Sofa Stories Sofa Stories

ソファストーリーズ

ソファはいつも暮らしのまんなかにある。

一人もの思いに耽る時
親密な二人の空間
わっと花の咲く家族の賑わい

ぜんぶ抱きとめるソファは、あつく、寛大で、やさしい。

四季折々、日々折々
名前のつかない一つひとつの日常の
暮らしの些細を覚えている。

陽のにおいも、夜の静けさも、
すいもあまいも染み込んで、
ただ、いつもでもそこに。

それぞれのソファに織りなす物語。

絵日記のブルーハワイ、白いソファは厚い雲

「だってもうすぐ、お姉ちゃんになるから」。

ソファに広げっぱなしの絵日記は、「小学3年生」と書かれているので、次女のものだろう。

昨晩、家に着くなりお気に入りの角で正座し、背もたれの部分に広げていそいそ書いていたのは夏休みの宿題(いつの時代も変わらない)、絵日記だったらしい。

花火にチョコバナナ、赤いちいさな群れはおそらく金魚だろう。その横にはさらに水ヨーヨーが描かれていた。その日のワンシーンではなく、見たもの、食べたものをありったけ描くあたりが次女らしい、とコウイチは思わず笑ってしまう。よく見ると、絵の下のあたりに鮮やかなブルーが塗られていた。そうだ、昨日、かき氷を落としたんだっけ。

地元で毎年行われる小さな夏祭り、到着早々「一番初めになに食べる?」を決める“姉妹じゃんけん”(これも毎年恒例)、2回のあいこの後にチョキで勝ちを決めた次女が選んだのは、やっぱりかき氷だった。

ブルーハワイという夏の特別を手に入れて、コウイチと妻、そして2つ上の小学5年生の姉に「見て!!」と思い切りよく振り返り、振り返りざま目の前に現れた大きなキャラクター風船に驚いて、落としてしまった。大好きな青色のかき氷はそのままコンクリートに溶けていく。慌てて駆け寄った妻が浴衣についた氷を払ってやる。でも次女は、泣かなかった。

だってもうすぐ、お姉ちゃんになるから。

かき氷のいきさつは見当たらなかったが、日記の最後、唐突にそう書いてあった。そうか、だから泣かなかったのか。今日は帰りに、好物のしろくまアイスを買っていこう、と決めて仕事に出る。

今年の正月は、はじまりが一味違った。

大晦日、家族4人でぎゅうぎゅうとソファに集まってお笑いを見たあと、寝てしまった姉妹を部屋に運んでリビングに戻ると、コーヒーを淹れて、妻がソファで待っていた。すごすごと三角座りに座る彼女を見て、何か話があるな、とコウイチは勘づく。

1年ほど前にソファが家に来てから、子どもたちが寝静まった後にその日の出来事を2人で話すのが日課になりつつある中で、かしこまった話やなにか相談があるときなど、彼女が三角座りで居住まいを正す癖も新たに見つけた。見つけた、というよりはこの暮らしで新たにできた、のだろうか。ソファを買うとき、「実家にソファがなかったから、たのしみ」と言っていたっけ。

それはコウイチも同じで、ソファのある暮らしは初めてだった。一世一代の買い物だ、と二人で張り切ってあちこちの店を歩き回り、吟味する。当初は、ふっかふかの、映画に出てくるみたいなソファにしよう、なんて言っていたものの、「ふっかふかって素敵だけど、できたらずーっと、ずーっと、使いたいよね? 私たち2人、いつか腰が痛くなっても使いたいっていうかさ。 気が早いかなあ(笑)」という妻の言葉で、さらに趣向を広げてさまざまなソファの店を歩き回る中、家族全員一致のソファを見つけた。生地が分厚く、安定感があってずっしりしている。寝転がったときに、少しだけ実家の畳に寝転んだ感じ———心地よくかたく、体に馴染むからりとした優しさ———があることも気に入った。

色を白にしたのは、新しい生活を向かえるとき、真夏の洗濯の後で見上げる、あつい雲が包み込む青空のような気持ちを、ずっと大事にしたいね、と話したからだった。妻とは幼馴染でもある。もうずっと昔に、校庭でドッジボールやキックベースに夢中になった仲間としてともに見ていた夏の大きな空を、同時に思い出す。

「今年最後の、そして新年初の報告があります」と前置きしてなお、しばらく三角座りの足を伸ばしたり縮めたりしながら、でも言葉にするとシンプルだった。「夏に、家族が増えるよ」 。

しばらくの感慨のあと、2人の考えが似たようなことで、笑った。「ねえ、いま4人でぎゅうぎゅうに座ってるソファ、5人になったら、どうなるんだろうね?」

それから幾月かしたタイミングで、「さて、今日は二人にお知らせがあります」という妻の報告に、姉妹はぽかんとしつつも、すぐに「え!?弟、妹?」と話が早かった。しっかり者の姉は、さっそく「じゃあ、もうソファの角の取り合いはやめないとね。だって、赤ちゃんが来たら、角は赤ちゃんのベッドになるでしょ?」とさっそく姉節を発揮。

次女はというと、「お姉ちゃんかあ。お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんだったけど、わたしもお姉ちゃんになるの?お姉ちゃんみたいな、お姉ちゃん?」などと、まだ何かしっくりきていないようだった。その後で友だちが遊びに来ると弾かれたように飛び出して、帰ってくると今日やったという一輪車とジョイボーの話をひとしきりしてすぐに寝てしまった。

・・・

仕事の休憩中、妻からメッセージがきていた。「今日のご飯は、みんなの大好きなチキン南蛮です」。消防士として働く日々、日課として筋トレやランニングの時間があるのだが、俄然やる気がわいてくる。今日は白ご飯3杯食べよう、と考えていると、ちょうどもう一通メッセージが届く。「昨日、かき氷を落としちゃったでしょ。なにかアイスを買ってきてあげて」。ソファに広げっぱなしの日記を見たのだろう。

食事の後で冷凍庫からしろくまアイスを取り出して姉妹に渡すと、次女が日記には書かなかったかき氷のことを話しはじめた。一口しか食べられなかったこと、べろが青いでしょ、ができなかったこと。

でも私、泣かなかったんだ。だって、もうすぐ、お姉ちゃんになるんだから。

そういえば、白のソファを買うときに思い描いた気持ちのいい夏の青空の色が、絵日記に塗られた、こぼしてしまったブルーハワイの色に似ている。本物よりもずっと鮮やかに見えるのは、かき氷をこぼしてしまったかなしさよりも「お姉ちゃんになる」という小さな決意と想いが滲んでいるから、だろうか。

もうすぐ、新しい家族がやってくる。

ところで3年も経ったら、毎年の夏祭りのじゃんけんは3人になるのかな、と妻と2人、ソファに座ってもうひと笑いした。

Illustration by fujirooll
Text by SAKO HIRANO (HEAPS)